心のゆとりの大切さを痛感:ケガが教えてくれたこと

数日前、朝の自転車通勤途中に転んでしまった。擦り傷数カ所で済んだのが幸いだった。

今回の怪我の原因をいくつか自分なりに考えたので、メモ。

ひとことでいうと、ケガの原因は気持ちの焦り。

  1. 夏休み明けの初日の通勤だった。比較的に忙しい時期に休みを取得してしまったため、休み明けの仕事が多いことは明らかだった。そのため、少しでも早く会社に行こうと気持ちが焦っていた。
  2. それに加え、あともう少しで職場に着くという直前で、スコールのような雨に見舞われた。でもあと200メートルくらいだからといって、ダッシュした。
  3. さらに、雨がひどくなってきたので、これは無理だなと思い、雨宿りしようと、急に進路変更をして曲がったところで、視覚障害者誘導用ブロックの溝にはまって、タイヤがスリップ。そのまま転倒となった。

気持ちが焦っていることに加え、想定外の事態に対応できなかった。自転車で自分だけのケガで済んだし、擦り傷程度で済んだのが幸いだったが、これが自動車の運転中だったり、自転車に乗っていたとしても、誰か歩行車を巻き込んでしまった事故だったとしたらと考えたらゾッとした。

気持ちのゆとりがなくなると、自分の行動がおかしくなることは自覚していたつもりだったが、振り返ってみると、気持ちにゆとりがないのに、自転車で通勤したこと自体が失敗だった気がする。気持ちのゆとりがどういうときになくなるのか?

記録を振り返ってみると、休み明けは大体ダメだということがわかってきた。

運動するという観点から、自転車通勤はいいことと思い込んでいたが、ケースバイケースだと、今回の体験から教えてもらった。もう少し臨機応変に、何が大切なのか、考えるようにしよう。

まとめ

今回の反省から、何か考え事や心配事、また心にゆとりのない時は、自転車は控える。(車の運転は、これまでそうしてきていたのに、自転車だからと少し油断があった。)