ベッポじいさんが教えてくれたこと 『モモ』を読んでTaskChute時間術の魅力に気づく

思うところあって、『モモ』を改めて読んでみる。

この中に出てくる、ベッポおじさんのことばから、今日はTaskChute Cloud時間術に通じるものを見いだす。ちなみに、ベッポおじさんは、お掃除をするひとで、主人公であるモモに以下のことばを投げかけている。

「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな?つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひと掃きのことだけを考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな。」

またひとやすみして、考えこみ、それから、

「するとたのしくなってくる。これがだいじなんだな、たのしければ、仕事がうまくはかどる。こういうふうにやらにゃダメなんだ。」

そしてまた長い休みをとってから、

「ひょっと気がついたときには、一歩一歩すすんできた道路がぜんぶおわっとる。どうやってやりとげたかは、じぶんでもわからんし、息もきれてない。」

ベッポはひとりうなずいて、こうむすびます。

「これがだいじなんだ。」

ミヒャエル・エンデ『モモ』 p.53

うまくいかないとき

大きなプロジェクトを抱えていて、終わりがみえないとき、最初の一歩に手がつけられないことがある。これは、だいたい、終わらせるところまでイメージしてしまって、頭の中でイメージが大きくなりすぎ、最初の一歩を着手するのが面倒くさくなってしまう場合。または、大きすぎて、どこから切り崩していいか分からなくなり、途方にくれて先延ばししてしまうというパターン。そして、先延ばしすればするほど、面倒くさい度は加速度的に増えていく。苦手なことは、このパターンにハマりやすい。

うまくいくとき

大げさに考えず、ほんのちょっとだけ手をつけてみる。例えば、不安なことや、やるべきことを細かく書き出してみる。そうすると、その書き出した項目の中に、今出来そうなことが見えてくる。そして、1つできたらしめたもの。つぎからつぎに片付いく達成感に、やる気もあがってくる。そしていつのまにか終わっている。うまくいったものや得意なことって、無意識にこうやって終わっている気がする。

TaskChute Cloudがサポートしてくれるもの

最近、どうしても手がつけられないプロジェクトがあった。ちょっとでも毎日、そのプロジェクトのことを考えることからはじめてみることにした。1日数分時間を確保することよりも難しいのは、毎日、その行動を行うことを思い出すことだ。そもそも、小さな習慣の難しいところは、その存在を忘れてしまうことにある。TaskChute Cloudにルーチンとして登録しておくと、毎日必ず、そのプロジェクトについて考えるという時間が出てくる。そう、毎日、向き合うきっかけを自動的に作ってくれる。これは、習慣づくりにはとても強い味方だと思う。そして、ノートを開いて、ひとり会議をしているうちに、いろんなアイディアが育ってきて、これについて調べてみようとか、あれについて調べてみようと育ってきたのだ。…一歩踏み出すと、次の道は自然と見えてくるようだ。最初の一歩を踏み出せたら、すかさずルーチン化して、毎日ちょっとでも取り組むようにする。だんだん、もうちょっとやりたいかも?と変化するまでじっと育てていく。

今は、1日30分くらい時間を確保できるようになってきて、さらに育てているところ。

それから、他のやるべきことも、TaskChute Cloudの中に登録されているので、あれもやらなくちゃ、これもやらなくちゃ、とパニックにはならず、目の前のことに安心して没頭できるようにサポートしてくれている点も、このツールが魅力に感じている理由だ。

縦走の思い出

そういえば、20代の頃に、北アルプスを8泊9日テント泊で縦走したことがあり、そのことを思い出した。最後の日に、これまで縦走してきたルートが全部見渡せるところに立ち、歩いてきた道程を振り返って感動した記憶は10年以上経った今でもなお鮮明に残っている。1歩1歩足元をしっかり見て、進めてきただけなのに、実は知らない間にこんなに自分の足で歩けたんだ!と感じたのは今でも鮮明に覚えている。一歩一歩の歩みは小さくても、続けていると、自分でもびっくりするくらい遠くまで来ていることがある。あんまり先のことは心配せず、目の前のことに集中するのはやっぱりすばらしい。